絵描きなら共感必至。有島武郎『生まれ出づる悩み』

絵描きなら共感必至。有島武郎『生まれ出づる悩み』

絵を描いている末席にいるものとして、読んでおかなくてはならないと思い手に取った一冊。

芸術の世界に身を投じて生きていきたいが、絵やアートそのものが収入源としてきわめて直結しにくい。

そのため、生活の糧を得るためには芸術活動とは切り離した別のところで、収入を得るための労働をする必要がある。 絵を描いている人間誰しもが、多かれ少なかれこのジレンマを抱えて生きているのではないだろうか。

この有島武郎『生まれ出づる悩み』も画家になりたいという想いを抱きながら、家族を支えるために漁師というという厳しい生活を送る「君」の話。

生れ出づる悩み (集英社文庫)

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芸術のために生きるのか、労働のために生きるのか。個人として生きるのか、家のために生きるのか。自分の才能の可能性を信じることができるのか、信じることができないのかといった理想と現実の狭間で苦悩しながら、黙々と目の前の仕事に没頭する。

常に相反する想いを内包し、悲哀すら漂わせる「君」の姿は絵を描く人間として自分自身を重ねて読まないわけにはいかない。

君は自分が画に親しむ事を道楽だとは思っていない。いないどころか、君にとってはそれは、生活よりもさらに厳粛な仕事であるのだ。 しかし自然と抱き合い、自然を画の上に生かすという事は、君の住む所では君一人だけが知っている喜びであり悲しみであるのだ。 ほかの人たちは――君の父上でも、兄妹でも、隣近所の人でも――ただ不思議な子供じみた戯れとよりそれを見ていないのだ。 君の考えどおりをその人たちの頭の中にたんのうができるように打ちこむというのは思いも及ばぬ事だ。

-(中略)-

「おれが芸術家でありうる自信さえできれば、おれは一刻の躊躇もなく実生活を踏みにじっても、親しいものを犠牲にしても、歩み出す方向に歩み出すのだが‥‥家の者どもの実生活の真剣さを見ると、おれは自分の天才をそうやすやすと信ずる事ができなくなってしまうんだ。 おれのようなものをかいていながら彼らに芸術家顔をする事が恐ろしいばかりでなく、僭越な事に考えられる。おれはこんな自分が恨めしい、そして恐ろしい。 みんなはあれほど心から満足して今日今日を暮らしているのに、おれだけはまるで陰謀でもたくらんでいるように始終暗い心をしていなければならないのだ。どうすればこの苦しさこのさびしさから救われるのだろう」

作中、貧しい漁村の漁師の「君」が絵を描くことに対して、家族を含め、村の人々から揶揄される場面がある。 絵を描くことが収入として直結しない以上、たとえ芸術活動が作家自身にとってどれほど高尚なものであったとしても、それは芸術とかかわりのない第三者にとっては、結局趣味や道楽の領域にしかとらえることができないもの。

そのため、周りの人たちの実生活や仕事に対する勤勉さ、目の当たりにした時、心の中にはどうしても負い目を感じてしまう。

実生活の中においても、心は絵を描き生きたいという想いがあり、だからと言って絵を描いていれば現実問題として実生活をどうしていけばよいのかという不安を拭い去ることはできない。 常に心の中ではどちらを向こうとも、向くことができない。

絵描きは苦しいしさみしい。

「君」のように芸術家を目指す人や、何か夢がありそれを追いかけたいが、なかなか成し遂げられない、 という人は一読してみては。

「画が描きたい」
君は寝ても起きても祈りのようにこの一つの望みを胸の奥深く大事にかきいだいているのだ。その望みをふり捨ててしまえる事なら世の中は簡単なのだ。

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